ありがとう腎臓病

このブログは25才で腎臓病と診断されたKIYOKUNが、ある人からの「腎臓病に感謝」という言葉をきっかけに、毎日を精一杯生きてHAPPYな人生を歩む物語です。

其の15
もっと、しんどくなる

 

授業の準備をする事を教材研究といいます。

僕はまだ新米でしたので、教える範囲は初めての事ばかりでした。

この教材研究をしっかり準備していかないと生徒の前で自信を持って授業ができないのです。

 

それが根気が無くなってきたので、その日の授業と放課後のクラブ活動を終わってしまうともうヘトヘトで、教材研究ができなくなってきました。

それどころか家に帰って早く休みたいと思うようになってきました。

実際に家に帰るとご飯を食べて倒れ込むように布団に入りました。

 

そんな日がしばらく続き、教材研究はやりたくてもできなくなりました。

当日ぶっつけ本番の授業をしてしまうようになり、僕は生徒達に大変申し訳なく思うようになりました。

 

自覚症状はどんどん悪化してきて、今度は体に冷えが出てきました。

体が冷えると職員室に居るだけでブルブルとふるえました。冷えは体力を奪っていきます。

まして放課後のクラブ活動での運動場はもう悲惨で、指導するというよりも何とかその場にいるのがやっとで早く終わりたいと思うようになりました。

 

だんだんと朝、起きて学校に行くのが本当につらい毎日になってきました。

冷えて鉛のように重く、僕の言う事を聞いてくれない体を、もうド根性で何とか引きずって仕事をしていました。

 

この時はまだ仕事に対する情熱がありました。

病気に負けないように根性でなんとか気力をふりしぼりながら仕事をしていました。

 

でもとうとう、授業も立ってするのがしんどくなり黒板にもたれかかってするというような事になりました。

 

ド根性が病気に通じなくなってきたのです。

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