ありがとう腎臓病

このブログは25才で腎臓病と診断されたKIYOKUNが、ある人からの「腎臓病に感謝」という言葉をきっかけに、毎日を精一杯生きてHAPPYな人生を歩む物語です。

其の90
透析室で一番ド派手なパジャマ、長生きしたければ5時間透析しなさい

 

第1回目のパソコン教室の授業が終りました。

充実した授業の後の満足感に浸る間もなく、僕は次へと準備を急ぎます。

次は夜間透析です。

パソコン教室の授業中にトイレに行って人工透析を受ける左腕のシャントに痛み止めのテープを貼るのも忘れませんでした。

このテープを忘れると透析針をさす時に痛くてたまらないのです。

車で移動して16時30分頃にK病院に到着しました。

更衣室でパジャマに着替えて透析室に入り体重を計ります。

そして僕のベッドへ向かいます。

 

患者さんのベッドは決まっているのですがその日は僕の隣はいつもと違った人が人工透析を受けていました。60歳過ぎでパンチパーマにサングラスをかけた男性の方がベッドに寝ていました。それだけでも少し近寄りがたかったのですが真っ赤な花柄のド派手なパジャマが僕をビビらせました。

 

僕はなるべく隣のド派手なパジャマの人に気付かれない様にそっと自分のベッドにもぐり込みました。

透析針が無事に痛みもなく僕の左腕のシャントに入って人工透析が始まって落ち着いてきた頃、

隣のド派手はパジャマの人が話しかけてくれました。

「今度新しく入った人か?」

「まだ若いな」

その声は予想外にとても優しくて暖かい声ででした。

ド派手なパジャマの方はKSさんと言いました。

僕が透析を始めたのと入れ替わりにKSさんは透析の終わりの時間でした。

KSさんはなぜか、僕ともっと話したい事があるから家に遊びに来なさいと言ってくれました。

土曜日はパソコン教室も人工透析はお休みなのでKSさんの家にお邪魔する約束をしてその日は別れました。

KSさんの優しい声になぜか引き寄せられる様にお家に行くつもりになったのです。

 

土曜日に僕はKSさんのお家に訪問しました。

KSさん宅にはKSさんと奥様が僕を待ってくれていました。

そこでKSさんが人工透析を導入した昔の事を話してくれました。

KSさんが人工透析を始めた時代にはまだ人工透析技術が今程発達していなくて、

人工透析を受けても保って2、3年と言われていたそうです。

それを聞いた奥様は看護師さんの仕事をされていたのを辞め、

KSさん専属の看護師さんを一生することに決めたのだと話してくれました。

そして当時KSさんの子どもさん達がまだまだ小さかったのでお父さんの姿をしっかり残そうと、

8ミリフィルムで動画をたくさん撮ったんだと話してくれました。

たくさんの関係者の努力のおかげで人工透析の技術が上がりこうして今まで生きているとおっしゃいました。

 

KSさんは人工透析は自分の命を長らえさせてもらっているのだから楽しくしようと決めて、

特にパジャマにはこだわりをもっていてお店で一番派手なパジャマを買うのだと教えてくれました。

また今の人工透析は4時間が基準になっているが経験上5時間透析をした方が絶対に良いから、

kiyokunも長生きしたければ5時間透析をしなさい、と勧めてくれました。

 

KSさんはなぜか僕にいろんな話をたくさんしてくれてその他の人工透析のコツを話してくれました。

僕の人工透析ライフは先駆者の教えを伝授してもらいながら充実したものになっていきました。

 

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