ありがとう腎臓病

このブログは25才で腎臓病と診断されたKIYOKUNが、ある人からの「腎臓病に感謝」という言葉をきっかけに、毎日を精一杯生きてHAPPYな人生を歩む物語です。

其の106
辞退の決断

 

P社の方から正式に採用の連絡をいただきました。

採用は本社でとのことでした。

父が喜ぶだろうなと思い浮かびました。

そして次々と今までお世話になった方の顔が浮かんできました。

僕も嬉しくてP社にいく気満々でした。

 

しかし、人工透析中にベッドの中で気持ちを落ち着かせてよくよく考えました。

今の僕の健康状態、体力でP社に行ったらどうなるのだろうと思いました。

P社では人工透析は考慮して働かせてくれると言ってくれていました。

しかし、P社にいくと今、僕が住んでいる街を離れる事になります。

今まで住んだマンションを離れて、

お世話になった方とも離れる事になります。

お世話になっているK病院とも離れて新しい病院を探す事になります。

 

環境がいっぺんに3つも4つも変わる事になります。

人工透析をしながらようやく安定してきた体で、

新しい会社で仕事をしながら大丈夫だろうかと思いました。

 

仕事だけかわるとか病院だけかわるとかマンションだけかわるのなら少し頑張れば、

大丈夫だと思いましたが全ての環境がかわるのは今の僕には無理だと思いつきました。

そしてせっかくの採用を辞退する事を人工透析うけながらベッドの中で決断しました。

 

なぜかその時に僕の頭の中に

「青葉茂れる、桜井の、」

と楠木正成と正行の親子の歌が流れました。

正成が戦についていく子どもの正行に、

このまま戦について来ると討ち死にするだけだから

帰って力をつけなさい、という曲です。

 

僕が腎不全末期に祖母がよくこの歌の事を話して聞かせてくれたのでした。

 

また、良くお世話になっているTさんに教えてもらった一つ一つ石垣を積み上げながら生活をするという話も頭によぎったのでした。照らし合わせると今、P社に行くのは石垣を二つ三つ飛び越えて積むことだと思いました。

 

この時僕はP社に行くよりもじっとこらえて体力をつけるべきだと判断したのでした。

 

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