ありがとう腎臓病

このブログは25才で腎臓病と診断されたKIYOKUNが、ある人からの「腎臓病に感謝」という言葉をきっかけに、毎日を精一杯生きてHAPPYな人生を歩む物語です。

其の143
H先生の診断

 

母に腎臓移植をお願いすると母は、

「kiyokunにあげた腎臓が一生働いてくれるのが一番良いんだけれども、

拒絶反応が出て短い期間だけに終ってもその間kiyokunが楽になればそれでいいのよ」

と言いました。

 

H先生に相談しようと僕、妻のCちゃん、父と母で診察を受けにいきました。

僕はH先生に、「母から腎臓移植を受けたい」と話しました。

H先生は

「よっしゃ、やるか〜」

ともうやる気満々です。

h先生

僕は腎臓移植の段取りとか母の腎臓と僕の体へのマッチングの話があると思っていました。

H先生はそういう細かいお話はしませんでした。

H先生は今の医学で出来る範囲の事を一生懸命にやろうというお考えでした。

H先生は

「腎臓移植をやってみて拒絶反応がでたらまた人工透析に戻ればイイだけの事ですよ。」

「人工透析が無かった時代に比べると今はとても幸せだと思う。」

「あれこれと心配するよりも、今出来る事だけを一生懸命するだけですよ」

とおっしゃいました。

 

僕たちは母の健康の事が気になりました。

母の腎臓をとって一つだけになっても大丈夫なのかと先生に聞くと、

「腎臓は二つあって一つになると俄然働くようになるから大丈夫」

だと答えてくれました。

そして

「病気で腎臓を一つ取った患者さんがたくさんいますが皆さん元気に生活していますよ」

と教えてくれました。

手術は大げさなのかと聞くと

「盲腸みたいなものだから大丈夫」

と答えてくれ、

「手術の事は僕たちに任せて欲しい、心配いらないよ」

と言って

「それで手術はいつにしますか」

とH先生は僕に聞きました。

先生の話は早かった。

 

僕は

「では来月」

と即答しました。

 

僕の答えに妻のCちゃんも母も父も驚いていました。

今日はH先生に相談に来ただけでここまで具体的な日程まで聞かれると思っていなかったからです。

僕は早い方が良いと思って来月と答えました。

 

後で勝手に決めないでとCちゃん、母父に言われました。

みんな心づもりがあるのです。

 

手術はみんなでするものでした。

反省です。

 

 

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