ありがとう腎臓病

このブログは25才で腎臓病と診断されたKIYOKUNが、ある人からの「腎臓病に感謝」という言葉をきっかけに、毎日を精一杯生きてHAPPYな人生を歩む物語です。

其の30
玄米食

 

僕は実家で父親に生活の面倒を見てもらいながら母親に腎臓病特別食を作ってもらいながら家で養生させてもらっていました。病気が発覚したのが20歳前半でしたがこの頃はもう30歳前半になっていました。

 

もうその頃は働くことはできませんでした。腎臓病に限らずに病気はその人それぞれのしんどさがありますので、例えば腎臓病のクレアチニンの数値が同じ3.0でもしんどくてたまらない人もいますし元気で仕事をしながら生活を送っていらっしゃる方もいるようです。病院の待合室で患者さん同士でお互いの病状の話をする事があります。クレアチニンが5.0で人工透析を導入した方もいましたしクレアチニンが14を超えてから人工透析を導入したと言う方も話に聞きました。

 

のっしのっし先生の人工透析宣言から家で横になりながら本を読みながらの生活が、数年すぎていました。クレアチ二ンの数値がじりじりと上がってきて腎機能が悪くなってきていました。良くなる傾向は一向に見えませんでした。クレアチ二ンの数値が悪くなる程、僕は人工透析になるものかと踏ん張りました。何か希望になるモノは無いかと探す様に本を読んでいきました。しんどくなればなるほど、本を読めば治るかの様にしてたくさんの本を読んでいきました。この頃は呼吸法の本に巡り会って腹式呼吸を毎日の生活に取り入れていました。またいろんな名言を書き留めては毎日の生活の糧にしていきました。

 

ある時に図書館で玄米菜食の本に出会いました。本には玄米と野菜中心の食事で腎臓病が良くなったとの記事が載っていました。僕は2000カロリー、タンパク40グラム、塩分4グラムの特別食をしていましたが母が毎日この食事を作ってもらうのは気の毒なような気がしていました。玄米菜食なら自分で作れるような気がしました。調べてみると玄米菜食のレシピ本もたくさん出版されていました。僕は病院でH先生に玄米食の事を相談してみました。H先生は快く了解してくださいました。僕は玄米菜食の自炊生活にチャレンジする事にしました。

 

このときのクレアチニンは2.6でした。

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